cedricとお散歩

ちょっとお間抜けなセドと一緒の幸せ青空

09-02

2015

 シャンプーしたけれど・・・・






 雨降りの少ないセド地方なのだが、ずっと雨降り状態で セドのシャンプーも、
 延期につぐ延期で もう限界!と言う事で、先週28日 シャンプーに。

 曇り空で 何時降り出しても おかしく無い状態。
 それでも 行き帰り降られずにすみ、綺麗になって 嬉しそうに帰って来た。

シャンプーは疲れるね

お耳にも風を入れて・・・

 余程疲れたらしく、床と融け合うようにバッタン!
 このまま放っておくと、細胞が融けて床に消えていきそうだ・・・・。
 お耳も裏返り、そよそよの風が 気持ち良さそう・・・。

 でも 質問が有りますっ!
 何故? なぁぜ? お口の廻りは 綺麗にならないの? 不思議だっ!




 ところで 2020年の 東京オリンピックは、迷走につぐ 迷走をしている。
 50年前の 東京オリンピック時には グラフィックデザイン界の巨人 亀倉雄策がいた。
 当時のエンブレムデザインは、今日に於いても 力強く モダンで
 色褪せない信念をみる。
 白地に大きな朱の正円と 金色のロゴ。モダンだけれど 豊臣秀吉の陣羽織も想起させ、
 クラシックでもある。

 それに続く年一枚ずつ作製されたポスターは 競技写真とエンブレムのデザインで
 力強く 繊細で、本当に素晴らしかった。
 ロゴデザインは タイポグラフィーの第一人者、勿論グラフィック・デザイナーでもある原弘。
 原先生は 私の恩師のお一人でもある。
 何をしたいのか、作者の意図が 明解だ。
 
 それにしても 織田信長・秀吉・伊達政宗・・・・、と 彼らには 
 素晴らしいアドバイザーを持ち、彼ら自身も 優れたセンスを
 持ち合わせていたのだろう。

 亀倉・原を中心に、銀座に設立された「日本デザインセンター」には、卒業してからも
 興味を持って見ていたものだ。若き横尾忠則もいた。彼も含めて当時の若手デザイナー達が 
 サイン計画に参加し、生まれたサインが 今も街中で使われ、競技サインも 生き続けている。
 尚 同様に日本デザインセンター設立参加者のお一人が 今回のデザイン審議委員でもある
 永井一正先生である。    残念です。
 

 大きくその世界が変革する時代に、その息吹をま近に接する場所に居た
 喜びをしみじみと感じる事が出来るのは 幸せだ。

 バウハウスの理念と ドイツ構成主義をベースに学んだ大学生活。
 当時は 大きく 高邁なその精神の理解が難しく右往左往した身ですが、
 今になってみれば、新鮮なまたとない日々であって、大変深く
 影響を受けた。
 
  戦後の素晴らしい復興を 世界に示した前回の東京オリンピック。
 2020年のオリンピックは さて世界に何を示すのだろう・・・・・。




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COMMENT

お口周りはレイラもかなりひどいです
いくら洗っても真っ黒(涙)
毛質かなぁと思っておりますが…

デザインのことさすが良くご存じですね
冬季長野五輪のエンブレムも良かったなぁと
当時を思い出しています

2015/09/03(木) 20:18:41 |URL|裏町のマリア #./qA1Ad6 [EDIT]
裏町のマリアさん

 お口回りの汚れは 悩みの種です。ふやかしご飯の
 所為かも・・・。

 長野五輪 レイラママさん、見に行かれましたか?
 私は 仕事の合間を縫って 見に行きました。
 表彰会場は 長野市内の権堂でしたね。
 ミーハー宜しく 外国人とバッジの交換しました。

 エンブレムは アメリカ人のデザインでした。
 マスコットのスノウレッツも買いましたよ。
 暫く我が家のwan・ニャンのオモチャになっていました。

 懐かしいですね。
2015/09/04(金) 18:08:22 |URL|セド #- [EDIT]

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